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 【出演情報】 New!!

 平成24年2月2日(木)@西麻布a-life 1Fラウンジ


 open 19:00 / start 19:30〜22:00
 Popで温かい落ち着いた雰囲気のラウンジで、お酒やお料理を楽しみながら
 ご観覧頂けるライブイベントです。飲食代以外かかりません、つまり・・・
 
入場無料!!!




2010/11/03 発売しました!
タイラヨオ2ndオリジナルアルバム
『イキYO!YO!と生きよう』


全7曲入り1,800円(税込)
CPC Records
今ニッポンに必要なモノ、
それはイキYO!YO!

寝ぼけた平和主義に一石を投じるまっすぐでストロングなメッセージをFunkyに奏でる!全作詞作曲他ジャケットイラスト、アートワークも全てタイラヨオによる愛情たっぷり手作りアルバム!

1. MONSTER
2. I Go Home
3. Reason
4. 太陽サイド
5. What I Feel
6. 捏造ロマンス
7. ありがとう

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割りとこぢんまりまとまったプロフィールへ飛ぶ

Long Storyを読む↓(そのまんま下へどうぞ)



鎌倉出身、大学時代はロサンゼルス、卒業後鵠沼海岸へ移り住む。
幼少の頃から父親の影響でBlack Musicばかりを聴いて育ち、家族で過ごす休日はMotownやStaxのホリデーコンピレーションなどをレコードで掛けるのが当たり前な家庭に育つ。まだ酒も飲めない頃からSoul Barへ連れて行かれ、オレンジジュースを飲みながらおっさん達に混じってSoul談義に花を咲かせ、学校では猫を被って流行りのアイドル好きを装った。(すぐ大して好きじゃないとバレたが)

音楽が好き過ぎてまさか自分が音楽をやろうだなんて考えもしなかった。
Marvin、JB、Bobby Blue Bland、Junior Wells、Stevie、Ray、Curtis、Prince、Rick James、Chcuk Brown、Zapp、何を聴いても神様だとしか思えなかった。故に"少しだけ音楽に携われる仕事"ができたら幸せだなと考えBlues Brothersの映画で知ったHouse Of Bluesのような店を日本に作りたいと考えた。そしてLAのSanta Monica Collegeへ留学、経営学を学びその夢の準備をする・・・・はずだったが

両親には心底感謝しているが、LAでは決してちょー余裕で裕福な暮らしをしていたワケではない。
仕送りに頼らざるを得ず、しかし催促するのも心苦しく、とある大型連休(スプリングブレイク)で1週間程をなるべくお金を使わずに家の中で独りで楽しまなくてはならない状況になった。本来なら買出しに行って手の込んだ料理でも作って過ごしたい休日だったが、そんなプランは無理だった。そこで突如思いついたのが「曲を作ってみよう作戦」だった。

手元にあったBlack StarのRespirationシングルに、イイ感じにメロウなインストが収録されていた。
これを歌物楽曲としてリニューアルしてみようと試みた。しかしながら、1小節の数え方も分からない。最初の1日は、楽曲の構成を把握する事だけに費やした。Aメロ、Bメロ、サビ、Bridge、サビ、サビ…この構成でイケるなと分析した。そして翌日はメロディーを作りつつ歌詞も考えた。試行錯誤する中、結局Bridgeパートは8小節のラップパートになった。今思うと我乍ら退屈なアドリブなどでお茶を濁さずタイトなイイ構成にしたと思う。そして5日目あたりで1曲できた。出来上がるとどうしても、録音したくなった。一人暮らしのワタシが現地で買って持っていたコンポには奇跡的にマイクインが付いていた。CDでインストを流し、マイクを刺し歌い、空のテープに録音すればイケるなとド素人のワタシにも理解できたので、なけなしの5ドル程を費やして安っいマイクを徒歩で近所のBest Buyへ買いに行った。勿論一発録音だ。ラップパートもミスは許されない。しかし5日間を費やして作った曲はすっかりワタシに馴染んでいて、録音するのにそう苦労はしなかった。

できあがったのは、デモテープ。
自分で聴いてみた。コンポで大音量で再生して、部屋のあらゆる場所から聴いてみたりした。何度聴いても、イイ曲だった。そして気づくと電話を手に取り、当時一番仲良しの心の許せる友人に連絡していた。「What's up!今日暇?なにしてんの?ところでー、この連休でワタシー…曲作ってみたんだ〜(テヘヘ☆ペロリ、照)」みたいな事を言って、友人を我が家へ招いた。そして友人に曲を聴いてもらうと、驚いた顔をして「コレ、ラジオから流れてきても全く違和感無いよ!凄い!かっこいー!」と言うのである。「やっぱしー!?そーもうーー!?ワタシもそーもってーー!!!(エッヘン!)」と調子に乗ったワタシは、手元にあったフリーペーパーの巻末でたまたま見つけた"Asian Artist Wanted"のAdへ電話してしまったであーる。

チャイニーズアメリカンっぽい女性が電話に出た。英語で。
デモテープを作ったから聴いて欲しいんだけどと言うと、じゃあいつ来れる?今から来れる?と訪ねてきた。金欠な上に運転免許証すら持っていなかったワタシは、その場にいた友人に、連れていってもらえるか目で訴えてみるとOKだったので、ハイ今から行きます!と即答。そして私達はパサディナへ向かった。プロダクションへ到着すると、電話に出たであろう女性にゴールドやプラチナムディスクがズラリと飾られた廊下を抜け奥の応接間へ通された。そしてデッカイ黒人のプロデューサー(I-Rocさん)が出てきた。彼はラッパーのCoolioやDr.ドリトルのサントラなどをプロデュースした米ユニバーサル所属のプロデューサーだった。彼がそのプロダクションの要らしいことは直ぐに分かった。そしてワタシのデモテープ(ついさっきできたばかりの処女作)を聴いてくれた。そして、奥の事務所へ消えて行った…

戻ってきたおっさんは、2つの書類を持っていた。
Hey、アーティスト契約とソングライター契約、どっちにするかいGirl?と聞いてきた。ワタシはワケがわからなかった。なんだい、これがアメリカンドリームってやつかい!JODECIなのかい!と動転しつつも「えーっと…歌は歌手に任せた方がいいと思うので、ソングライターにします、ハイ…」と冷静に一通の契約書を受け取った。I-Rocさんは更に、契約書は難しい英語の文章がだから、辞書を引き引き読んだりしないでアメリカ人の友人の手伝ってもらって読んでもらいなさい。そして納得行ったらココにサインをしてもっておいで。急がなくてもいいからね。と、とっても優しく言ってくれた。は…はい・・・と返事もそこそこにプロダクションを後にし、ワタシと友人は完全にこれから飲むぞ!と言うムードであった。

それからワタシは、事務所所属のソングライターとなった。
ちなみにLAで在学していたSanta Monica Collegeでは経営学を専攻してきちんと卒業へ向かっていた。しかし学業の傍ら、I-Rocから渡されるトラック(週にだいたい10本前後)にことごとくメロと歌詞をつける作業を続けた。そのプロダクションは、当時宇多田ヒカルのデビューで流行っていた「逆輸入」でいっちょ稼ごうと目論んでいたので歌詞は日本語と英語の半々くらいだった。ちなみに持ち込んだ処女作は全部英語だった。曲を作る毎日がとにかく続き、毎日毎日毎日毎日…I-Rocのトラックを新しく導入したラジカセで流し、元々あったコンポにマイクインで録音し(ちょー低機能w)、プロダクションへ持ってって篩にかけてシンガーにRecしてもらい日本へプレゼンした。結局ひとつもカタチにはならなかったものの、自分にとっての曲作りの基礎を固めた1年であった。

1年間、思えば鼻歌作曲のために歌ばっかり歌っていたわけだが…
プロダクションに所属していたワタシ以外のアーティストやトラックメイカー達なども、一個もモノにならない毎日に苛立っていた。全てをプロダクションのせいにする節すらあった。ワタシは必ずしもそうは思わなかったが、ソングライターではなく、シンガーとしてやってみたい野望が小さく燃え始めていた。そしてワタシは、一番最初にデモテープの持ち込みに付き合ってくれた友人と共にクラブを回りながら、プロダクションでボツになったトラックに勝手にラップやメロを付けてゲリラライブをやって遊ぶようになった。時にはトラックすら持ち合わせず、DJにだいたいこんぐらいのテムポのビートをプレイしてちょうだいと頼んでいきなりDJブースのマイクを奪ってライブをやっていた。英語でも日本語でもやっていたが特に好評だったのは日本語でのラップだった。どういう意味のリリックだったの?と質問攻めに合う事も珍しく無かった。みんなフロウが面白い!カッコイイ!と言ってくれた。そして調子に乗りました。

調子に乗っていた頃ちょうどよく声を掛けてきたのが、Joey Carboneだった。
絶好のタイミングでワタシはI-Rocさんには別れを告げJoeyの事務所へ「アーティスト」として移籍した。そしてその頃、ちょうど大学も卒業した。JoeyはShin(村山晋一郎さん)って知ってるかい!Niceだよ、一緒に曲作ったらいいよ〜と言ってデモトラックを幾つかくれた。そのトラックへ曲を書きつつの、卒業しつつの、日本への帰国となった。

最高の曲ができました。村山晋一郎さんは素晴らしいです。
Joeyも曲を気に入ってくれて、レコーディングもうまくいって、上出来のデモと一緒にワタシとJoeyは主要メジャーレコード会社を廻りまくりました。しかーし、当時「ソロ、女性、R&B」はあまりにも飽きられていた。宇多田ヒカル、Misia、小林ゆき…それっぽい人々が溢れていた。どの会社でも楽曲は好評ではあったが「今はウチでは…いいや」と断られた。Joeyともその後だんだん疎遠になっていった。

経学専攻で卒業して来たのに、ミュージシャンとして帰ってきたワケワカラン娘。
ここでやめるわけにも行かなかったし、いつしか昔抱いていたような「音楽は神様がやるもの」と言う考えはどこかへ消えていた。音楽がやりたいと言うコトだけが明確になっていた。しかも処女作で事務所に所属したせいか、仕事としてやって行ける自信もあった。でも今はレコード会社みたいな何かと契約したりするんじゃなくて、もっと勉強したほうが良いなと思い、Funkバンドに加入してみたり、Disco Soulのコピーバンドを手伝ってみたり、様々なトラックメイカーとコラボしてみたり、交友関係と演奏する上での音楽の視野を広げて行った。そんな中でだいぶ早い時期に出会ったのがManaboonであった。その後まもなくTazzさんやSTY、S-key-A、DeLa★さんとも出会うわけで…

その後悲喜こもごもあり、パーソナルな山あり谷ありでしたが…
どんなにオチてる時も、音楽を辞めようとは思わなかった。元々、父親がワタシの幼い頃に独立し自営業でマーケティングの会社を立ち上げた事もあって、就職しないとイケナイとかイクナイとか全く思わず、テケトーに食いつなぎながら音楽だけは時に細々とでも続けていた。そして2006年にちょっとSTYの手伝いをしたつもりがうっかり作詞家として先にメジャーデビューしてしまった。

その後も重要な人物達との出会いは続いた。
Nao'ymtさんのWit'に参加しちゃったり、自分のオーガナイズイベントへ出演を依頼してみたら思いの外快く承諾してくれたORITOさんにびっくりしたり、10人ぐらいの海賊団(と書いてバンドと読む)をやってみたり、ORITOさんが亡くなってどん底まで落ち込んだり、その後ORITOトリビュートライブでSuga-PimpsやShimva、更にはChakaさん、ゴスペラーズ村上さん、星川さん達などものすげー方達とちょっぴりだけお近づきになれたり、作詞も地道にポツポツと色んな作品に参加させて頂いたり。そして、一番の大きな変化が訪れた。ただ仕事としてやってける自信で続けていた音楽だったが、これでもって世の中に何を訴えて行きたいのかが、明確に自分の中で確立された。その事で、最近やっとスタートラインに立てたかな?と思っている今日この頃です。

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※割りとこぢんまりまとまったプロフィール※

湘南鎌倉出身シンガーソングライター&作詞家。5月6日ゴムの日生まれ。A型。
特技はイラスト、ワンピースバカなので画材は全て尾田栄一郎氏の使用しているものを使用。
好物は鰻重、鰯の握り(その他光物も)、チーズ、お酒(ビール焼酎ウィスキー日本酒ワインスピリッツなんでも)
趣味@料理。イタリアン系洋食店にて3年間厨房経験有り。食材を長持ちさせる独り暮らしの冷蔵庫指南も得意。シェイカーも少し振れるが道具一式は現在物置の奥…。
趣味A読書。年代ジャンル問わず出会ったものを読み漁る。特に好きなのは藤沢周平、多岐川恭、岡嶋二人、重松清、三崎亜記、山田詠美、宮部みゆきなど。雑誌ではCourierJaponとbmrが好き。
影響を受けたアーティスト:JB、阿久悠、ちあきなおみ、Junior Wells、Whitney、ミラクルひかる etc...


▽ライフタイムライン▽

幼少時代:父親にSoul Barへ連れ回される。家ではレコードばかり聴く。

大学前:まさか自分が神様の領域である音楽をやろうなんて思わない。

大学時代:留学中うっかり暇つぶしに作った曲が認められLAにてソングライター契約を結ぶ。

大学卒業後:経営学専攻で卒業したのにミュージシャンとして帰国。
デモ楽曲と共にメジャーレコード会社を廻るも「女ソロR&B」が流行り過ぎた後で相手にされず。

その後:バンドを点々とし、様々なクリエイターと制作を共にしはじめる。
ManaboonをはじめSTY、DeLa★など様々な出会いに恵まれる。

更にその後:Nao'ymtさん、ORITOさんなど更に貴重な出会いは続き、現在に至る。

★現在★ マネージャーや所属できる事務所を探し求めて三里くらい


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 平成24年2月2日(木)@西麻布a-life

 Nishiazabu a-life presents 『a-live』
 【日時】 Open19:00 Start19:30 チャージフリー!入場無料!
 【会場】 西麻布a-life
 〒106-0031
 東京都港区西麻布1-7-2 ECONACH西麻布ビル
 TEL:03-5775-5500 / FAX:03-5775-2530




 平成24年3月16日〜21日 ORITOトリビュート

 前売:4500円 チケット発売開始1月29日
 詳細未定



レギュラー出演:
毎週月曜日夜7時半放送 82.8MHz 鎌倉FM
「タイラヨオのSmilin' Faces」



※出演依頼お気軽に!
バンド、オケ、アコースティック各種対応可能です。
インタビュー、トークなどのご依頼も承ります。
yoyobabylovebaby☆yahoo.co.jp(☆を@に変えて下さい)までご連絡下さい。



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 もしくわ、
 
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今まで作詞提供させて頂いた方々(敬称略):
倖田來未、Ya-Kyim、BENI、LOVE、TVドラマ「鉄道むすめ」エンディングテーマ、
ピコ(テレ東系アニメ「よりぬき銀魂さん」エンディングテーマなど)、Suga-Pimps、etc

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